蓮實重彦がほめてやまなかったフリッツ・ラングのこの作品の原題は"HANGMEN ALSO DIE"である。映画の中で暗殺された権力者のことを"HANGMEN"といっていたので、「死刑執行人」とはこの権力者のことだと思っていたが、原題は複数形であることからロックハート演ずる裏切り者こそが死刑執行人であり、この作品の主役だといっても差し支えないわけだ。
蓮實流のいいかたをすれば膨らんだ風船がある瞬間に破裂するとでもいおうか、そんな印象をこの作品から与えられたが、一時の羽振りのよさも結局もっと大きな悪のお目こぼしに過ぎず、最後に化けの皮が剥がれて惨めな姿を同胞の前にさらすというのがこの物語の骨格だ。 考えてみれば、いくら身から出た錆とはいえ、仲間から見放された状態で、敵の刑罰の対象となるのは、問題の本質をはずしていて、何か煮え切らない思いが残るのだが、こんなことを考えるのはぼくだけだろうか。 この作品はあからさまな反ナチスの作品だということになっているらしい。しかし、この作品は単純な正義対悪の二項が対立する図式ではなく、それにスパイが加わった三項がせめぎあう図式になっている。 二項対立というシンプルな構図に第三項が加わることによって、物語は大きな自由度を獲得し、ぼくらの予想を遥かに越えた展開を見せるのだが、それ以上に、物語の時代背景がセンセーショナルで、作品にすさまじいまでの重みを与えている。 この作品が製作されたのが、驚くなかれ1943年、第二次世界大戦の真っ最中である。フリッツ・ラングにとって反ナチスなど自明のことであり、この作品の構成があからさまな反ナチスの形態でなく、スパイを介在させて、よりダイナミックに抵抗運動の実態を描こうとしているのは、実際にこの時代を生きたラングならではのものだ。 「私が批評しようとしているのは、まわりの状況に対する個人の闘いです」「われわれはのっぴきならない状況に追い詰められたときは抵抗しなければなりません」。かつてカイエ誌が行ったインタビューを見るとラングの口からこのような言葉がポンポン出てくる。 ちなみに、これはラングの作品一般についての質問に答えてのものであり、ナチスとは全く関係のない文脈でこのような言葉がいきなり出てくるのだ。これらの言葉はいかにも実際の経験に根ざした言葉であり、ナチ体験が彼の思想に大きな影響を与えたことは想像に難くない。 死刑執行人もまた死す ★★★★ 監督:フリッツ・ラング 製作:アーノルド・プレスバーガー 脚本:ベルトルト・ブレヒト、フリッツ・ラング、ジョン・ウェクスリー 出演:ブライアン・ドンレヴィ、アンナ・リー、ウォルター・ブレナン、デニス・オキーフ、ジーン・ロックハート、アレクサンダー・グラナック
by Yasuo_Ohno
| 2005-03-05 22:06
| シネマンガ研究会
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