生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語 勢古浩爾(著) その3

頭のいい人というのは、世の中にたくさんいます。そういう人と競り合わなければならなくなったとしても心配しなくていい。頭がいい人というのは、自分を鋭く狭めていくようなところがあります。長い目で見ると、それはそんなにいいことではない。熟練した職業人になるには、少しゆるんでいて、いい加減なところがあって、でも持続力だけはある、というのがいいのです。(吉本隆明「ひきこもれ」)



勢古は1947年生まれだから、つまり団塊の世代である。吉本隆明といえば、団塊世代の思想的支柱だったから、吉本を知ることは、団塊世代を知ることにつながるかもしれない。

僕は他から見てどう評価されるのかわかりませんが、能力という考え方が嫌いです。自分も無能と規定しています。有能な奴と闘える無能がさしあたっての理想です。(吉本隆明「遺書」)

勢古が送るエールは続く。

…「源氏物語論」を書いたとき、「素人が何をいうか」と国文学者たちから批判を浴びた。これにたいして吉本は「素人を馬鹿にしてもらっては困るのだ」と応じた。吉本にあるのはこの気概である。相手がたとえ専門家であろうとも、「智力、腕力、思想、識見、すべてをあげてわたしと闘ってみろ」…泥臭い気概と、ねばりにねばる持続力である…

…吉本はいわば独学者である。専門といえば文芸批評ということになるが、それとても無手勝流で築き上げたものである。だが、平気で言語論をやり都市論をやり心身論をやった。「言語にとって美とはなにか」を書いたときも…言語研究の専門家たちから批判された。しかし、そんなことで萎縮するような吉本ではない…

<きみたち自身がそれをなしうるだけの水準と思想に達しないかぎり、専門外の一文学者がきみたちの領域に侵入する不快さを耐えるべきである。ようするにきみたちにはわたしのもっているなにかが欠けているのだ>と。そうはいっても、わたしにはねばりにねばる耐久力と、文学から獲得した思想的な原則いがいに、なにももっているわけではない。(吉本隆明「改訂新版 心的現象論序説」)

最後に吉本隆明「ちひさな群れへの挨拶」の一節を孫引きする。

ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むかうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
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by Yasuo_Ohno | 2005-03-29 23:10 | テーマ6:生活
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