嗤う日本の「ナショナリズム」 北田暁大(著) その2

…これに対して、2ちゃんねるにおいては、内輪性を再生産するコミュニケーション―内輪の空気を乱さずに他者との関係を継続すること―を続けることが至上命題となっており、ギョーカイは共同性を担保する第三項の位置からコミュニケーションの素材へと相対化されている…

繋がりが自己目的化した空間のなかで、マスメディアは…その特権的な地位を剥奪される。にもかかわらず、なおもマスメディアが「権力の番人」「市民の代弁者」…を気取るなら、お約束を見破る能力に長けた…皮肉屋たちは容赦なくその建前と実態の落差をとり上げ、マスメディアの自意識を嗤い飛ばす…



2ちゃんねるとは、内容を付随化する形式主義(フォルマリズム)、≪繋がり≫を求める同時代的リアルの象徴=微候なのである…しかし、問題なのは、現在の2ちゃんねるにおいては、≪繋がり≫指向がアイロニズムを浸食してしまっており、その結果、屈曲した政治的ロマン主義…が場を覆い尽くしている…

以下、小林よしのりがたどった道のりを整理し、それが戦前より連綿と続く「政治的ロマン主義」つまり、「特定の思想にもとづいて世界・社会を超越的に捉える態度を拒絶し、自らの立ち位置の偶然性をアイロニカルに見据える「反思想としての思想」」に連なることを指摘した上で、話は2ちゃんねる的な現実に戻る。

…私たちが内在する言説空間がもはや左派/右派というイデオロギー的対立軸をはみ出してしまっている…それは、単純な「反動」…でもなければ、ゲンジツ主義的な「本音の発露」でもない。書き込まれている内容の左派的/右派的要素に照準している限り、形式主義者たちの政治的ロマン主義、形式に賭けられた実存主義を補足することはできない…

ということで、本書もいよいよ佳境に入ってきた。どういう回路を経て、セカチューそして電車男がヒットする時代状況を分析していくのか、すごくワクワクする。イデオロギーの終焉が謳われてから久しい。昨今の状況をベタに受け取るだけでは、正しいチャートをゲットすることはできないのは確実なようだ。
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by Yasuo_Ohno | 2005-04-23 00:09 | テーマ1:保守・右翼
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