カテゴリ:シネマンガ研究会( 60 )

単行本13巻で2500万部/映画化も 「NANA」の魅力3人に聞く

歌人の枡野浩一曰く。

…矢沢あいは…作者と読者が暗黙の了解で…共感し合うといった方法をとりません。内輪の言葉を他者に伝えるにはどうしたらいいか?という姿勢で常にセリフや構成を考えていることが、そこかしこから伝わってきます…

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by Yasuo_Ohno | 2005-09-01 21:53 | シネマンガ研究会

ローズマリーの赤ちゃん

オンナは生命より大切な胎児が秘密結社に狙われていると信じている。

しかし、それが事実だということを誰も信じてくれない。逆に、精神に異常を来たしていると決めつけられる。オンナは叫ぶ。「信じて…これは陰謀だわ!」。精神科医が呼ばれ、彼女に安定剤を打つ。ところが、もし彼女のいうことが事実であったとしたら…。

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by Yasuo_Ohno | 2005-04-10 12:51 | シネマンガ研究会

キートンの大列車強盗

キートンの映画だからといって別に声を上げて笑うこともなかった。スリルを目指しているのはわかるが別に手に汗握るほどのこともなかった。何というかすべてが夢を見ているようにおぼろ気である。

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by Yasuo_Ohno | 2005-04-07 22:09 | シネマンガ研究会

僕の村は戦場だった

「私はこれまで娯楽映画を一本も作っていませんし、これからも作らないことを約束します」。こういってはばからなかったタルコフスキーの作品は退屈で眠いものだ。

ぼくは「ノスタルジア」を初めて見たときに度肝を抜かれたので、そういったイメージが強いのだが、のちに見た「惑星ソラリス」なんてそれほどでもなかったし、したがって、この作品が面白い作品だったからといって驚くにはあたらないはずである。

なのに、やはり驚いてしまったのはぼくとタルコフスキーとの出会いの性質を物語っていて面白い。

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by Yasuo_Ohno | 2005-04-03 22:25 | シネマンガ研究会

ダウンバイロー

ジム・ジャームッシュの映像はヴェンダースのそれに似ていて、どこか地味で暗い印象がつきまとう。画面の流れはゴダールのそれを彷彿させる。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」で受けた感触同様、ロードムービーの特徴を備えていて、いかにも「これがロードムービーだ!」という感じの作品である。

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by Yasuo_Ohno | 2005-04-03 00:29 | シネマンガ研究会

リチャード3世

脚本がいい。シェークスピアというといかにも古めかしい。しかし、人間観察の目は鋭く、現代でも十分に通用する内容だ。つまり、ぼくらが彼ら登場人物たちの立場にあったら、同じことをしたかも知れない、と感じさせるだけのものがある。結局、人間は少しも変わっていないというつまらないオチをつけたいのではない。不合理に対する疑念や怒りといった人間の中の変わらない部分が時代の変化を生んできたことは重々承知している。

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by Yasuo_Ohno | 2005-03-25 23:37 | シネマンガ研究会

隣の女

ひとつの偶然と偶然がもたらすひとつの帰結。偶然は与えられたものとして存在し、いかなる解釈をも拒絶する。ぼくらに許されているのは偶然を繋ぎ合わせて必然の連関を見出すことだ。

しかし、そうした作業は偶然の持つ劇的なまでの残忍性をいくらか軽減することはあれ、結局なぐさめにすぎないことは明らかだ。なぜなら、偶然は物語の中に位置づけられないことがその本質であり、必然の連関を云々できないことこそ偶然の偶然たる所以だからだ。

はるか彼方からそれは突然やってくる。そしてぼくらはその帰結に対して「運命」という名前を冠し、畏れと祈りを捧げるのだ。

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by Yasuo_Ohno | 2005-03-24 22:10 | シネマンガ研究会

少年

展開を予測させない。この先どうなるのか興味が尽きない。しかし、ちっともドラマティックでない結末であった。ぼくは、きっと少年もしくは義母が命を落とすに違いないと思っていた。大島が用意したエンディングは…であった。実際の事件に範をとった、この作品らしいエンディングであった。誠に現実とは、「信じられない!」というような感情を抱かせる。永久に続いて欲しいと願うぼくらの願いを裏切るような形で進行するのだ。

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by Yasuo_Ohno | 2005-03-20 20:20 | シネマンガ研究会

夏の夜は三たび微笑む

牧師の家庭に生まれ、非常に早くから、生と死の舞台裏を眺めることを学んだベルイマンの作品。彼の作品には生と死に対する深い洞察が見られるというのだが、この作品に限って言えば、そんなことは思いもしなかった。しいていえば、弁護士フレデリックの息子ヘンリックのいかにも青春という感じで性について悩む姿が「実存」していて、若き日のベルイマンを想像させるくらいだ。

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by Yasuo_Ohno | 2005-03-19 22:17 | シネマンガ研究会

地下鉄のザジ

ぼくはこの作品が好きだ。

出だしの走る線路はピエトロ・ジェルミ「鉄道員」へのオマージュだろう。それを含め最初の数分ですっかり参ってしまった。

ロバート・アルトマンの「M★A★S★H」を思わせるノリが愉快でならない。スラップ・スティックは伝統的なものに違いないが、どこかとぼけたようなおかしさはスラップ・スティックが持つものではない。

チャップリンの作品が持つ社会風刺や文明批判といった高尚なものとは無縁だし、愛とかペーソスといったセンチメンタルなものとも違う。

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by Yasuo_Ohno | 2005-03-18 23:18 | シネマンガ研究会